書籍・雑誌

つげ義春

今日は先週の巨岩魚のリベンジに行くつもりでしたが、今にも降り出しそうな空模様とトレーナーを着ても寒いほどの低温のため釣りは断念。
明日も雨のようなので、リベンジは来週に持ち越したいと思います。

で、今日は家でゴロゴロと読書でもしようと思い、本屋に本を買いに行く。
特に目的の本もなく、陳列棚をブラブラを眺めているうちに、つげ義春の「つげ義春とぼく」という単行本が目に留まる。
つげ義春氏が、昭和40年頃から東北の古びた温泉宿などを訪ね歩いた時の旅日記エッセイのようである。
所々につげ独特の挿絵も入り、ちょっと開いて読んだだけで興味を引かれたので購入。

Tsuge



まだ3分の1も読んでいないが、本の中に「夢日記」という項があり、つげ義春氏がおそらく実際に見た夢を挿絵入りで日記風に綴っている。
どの夢も不安で、ネガティブな内容の夢なのだが、どうしても思いや願いが成就しないという夢の構造が、私の見る夢にとてもよく似ているなぁと思った。

以下、つげ義春著「つげ義春とぼく」の夢日記から抜粋してみた。

Tsuge2


駅----発車のベルがけたたましく鳴っている。自分の乗る列車が隣のホームから発車しようとしている。
隣のホームへ行く順路がわからず、あせる。
人混みを分け走りまわる。ようやく連絡橋の階段をみつけるが、階段は5、6段で行き止まりになっていて、頭上に別の階段がおおいかぶさり前に進めない。
自分の登った階段は、頭上の階段を支えているだけのもので、そんな所で手間どったため発車の時間に間に合わなくなり、途方に暮れる。

<釣りブログ>ランキングに参加しています。
↓よろしければクリック宜しくお願いします。

にほんブログ村 釣りブログへ
にほんブログ村 釣りブログ フライフィッシングへ
にほんブログ村 アウトドアブログへ
にほんブログ村 地域生活ブログ 岩手情報へ

「私の釣魚大全」 開高 健著

先日入院した時に、病院にいくつか持ち込んだ本のひとつが開高健著「私の釣魚大全」です。アイザック・ウォルトンの「釣魚大全」を文字って、開高氏自らの釣り体験や魚にまつわる話しを、氏ならではの愉快なエピソードや国内外を問わず、各地で見聞きした噂話、法螺話などをまじえてまとめたエッセーです。
この本の中で、「ほんとうに遊んでいる人を見た」というところがあるのですが、何度読んでもここのところが印象に残ります。自分もこうありたいものだなぁ・・・と。その一節をご紹介します。

以下、開高健著「私の釣魚大全」より引用

或るとき、私は、ほんとに遊んでいる人を見たことがある。羽田の岸壁でハゼを釣っていた人である。貧しくて若い夫婦であった。どこかあの近くの工場ではたらいている工員らしかった。竿はただの延竿で、リールなどついていなかった。釣ったハゼはビニールの袋に入れ、装具などは何もなかった。日本酒の小瓶が一本おいてあった。二人はやすやすと岸壁にすわって足をたらし、竿をあげたりさげたりし、ときどき瓶からチビリ、チビリすすった。日曜でもなく休日でもない日だった。膚のしたでは悲愁や懊悩が痛い歯をたてていることが、ひょっとしたら、あるのだろうと思いたい。けれどこの貧しい二人のまわりには高邁と自足の爽やかな匂いが漂っていた。孤独には毒や翳がなく、底まで透いて見える秋の川の気配があった。ほんとに遊んでいる人はめったに見かけられないものである。そういう人に出会うとこちらまでホッと心がやわらぐのである。よごれたジャンパーをひっかけ、ときどき風に肩をすくめ、ゴム草履を酒瓶のよこにきちんとそろえてにごり水を眺めているこの二人だけは、ほんとに遊んでいるな、と思わせるものを持っていた。

Book_1



太宰 治 「トカトントン」

直接はまだ作品を読んでいないのだが、開高健氏のエッセーの中で太宰 治の「トカトントン」という小作品を紹介しているのを読んで心に残るものがあったので私もこのブログで紹介してみようと思う。

----------------------------------------------------
「トカトントン」 太宰 治

(略)
昭和二十年八月十五日正午に、私たちは兵舎の前の広場に整列させられて、そうして陛下みずからの御放送だという、ほとんど雑音に消されて何一つ聞きとれなかったラジオを聞かされ、そうして、それから、若い中尉がつかつかと壇上に駈けあがって、
「聞いたか。わかったか。日本はポツダム宣言を受諾し、降参をしたのだ。しかし、それは政治上の事だ。われわれ軍人は、あくまでも抗戦をつづけ、最後には皆ひとり残らず自決して、以て大君におわびを申し上げる。自分はもとよりそのつもりでいるのだから、皆もその覚悟をして居れ。いいか。よし。解散」そう言って、その若い中尉は壇から降りて眼鏡をはずし、歩きながらぽたぽた涙を落しました。厳粛とは、あのような感じを言うのでしょうか。私はつっ立ったまま、あたりがもやもやと暗くなり、どこからともなく、つめたい風が吹いて来て、そうして私のからだが自然に地の底へ沈んで行くように感じました。死のうと思いました。死ぬのが本当だ、と思いました。前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻粒を空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌でクギを打つ音が、かすかに、トカトントンと聞えました。それを聞いたとたんに、眼から鱗が落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私は憑きものから離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持で、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私にはいかなる感慨も、何も一つも有りませんでした。
(以下、略)
----------------------------------------------------

敗戦を告げられて「死のう」とすら思っていたのが、どこからか聞こえてきた「トカトントン」という金槌の音を聞いた瞬間に我に返る。つい今さっきまで自分を覆い尽くしていた熱い感情が瞬間に消えてしまい、なんということもない、いつもと変わらない昼下がりがそこにあるだけだということに主人公は気がつくのである。

週末の読書

久しぶりに本のご紹介。

Madaaru_1



「まだある」という本。

ずいぶん昔から売っていて今も売っている商品や昔売っていた商品を紹介している本です。ゲームやオモチャから日用品、家庭用品に至るまで様々なジャンルで紹介しています。本屋で立ち読みをしたら、懐かしい品々がたくさん出てきたので思わず買ってしまいました。著者の年齢が自分と近いこともあり、子供の頃ウチにあったなぁ・・というモノがずいぶんと紹介されていました。商品にまつわる当時の哀しくて切ない思い出や様々なエピソードなど当時の時代背景などを織りまぜながら面白可笑しく解説されています。

この中で紹介されている「軍人将棋」も実に懐かしい商品。木製の駒のやつを今も持っています。小学校6年生の時にクラスで流行った記憶があります。時代的にはもっと昔の商品だと思いますが、クラスの誰かがたまたま持ってきて流行り出しました。私は普通の将棋はルールもわかりませんし、たとえ覚えたとしてもものすごく弱いと思いますが、軍人将棋はなぜか強かったんですよねぇ・・。
軍人将棋というのは、将棋の駒のようなものに、「大将」「中将」「少将」「ヒコーキ」「タンク(戦車)」「地雷」「スパイ」などがあり、将棋版(紙製のやつ)のマス目を将棋と同じように動かして、駒を取ったり取られたりして遊ぶゲームです。駒は基本的にはひとマスづつしか動かせませんがヒコーキなどは一気に離れたところに飛ぶことができます。駒はすべて伏せられていて、お互い相手の駒が何なのかわかりません。例えば、自分の大将の駒で相手の中将・・・と推測した駒を取る・・・。取るといっても互いの駒は伏せられているので、審判がそれぞれの駒を見比べて勝敗を判定します。
地雷は動かすことが出来ませんが、私は地雷をわざと動かすフリをしたりして相手をかく乱して勝っていたように思います。頭脳じゃなくて演技力で勝負してました。

Madaaru2_1

週末の読書 其の2

お仕事は?

詩人です。

というわけで、「週末の読書 其の2」は中原中也の詩集です。

詩などにはまったく縁の無い私ですが、なんとなく本屋で手にとってパラパラめくってみたら読んでみたくなったので購入しました。

かなしみの名前 <中原中也の言葉>  齋藤 孝編
Nakahara



詩集と言ってもこの本は、中原中也の詩から言葉を抜き出して、写真と組合わせて編集された本で、詩の初心者である私でもわかりやすく、しかも頭の中にイメージしやすい内容となっております。

さよなら、さよなら!

あなたはそんなにパラソルを振る・・・・

なんていう詩も国語の教科書で読んだような気がする。

詩が沁みるなぁ・・今の私には。

おすすめ度 ★★★★

ギャラリー
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 2013.8.7 雫石へ岩魚釣り
  • 雫石 竜川へ
  • 雫石 竜川へ
  • ライブドアブログ